音楽と感覚を刺激する空間を楽しむ
今日は音楽の楽しい日なんだ
「今日は2階ですよ」
職員が車いすに乗った女の子に声をかけます。すると、それまで表情が固かった女の子が、にっこりと満面の笑みを浮かべました。
「音楽療法やスヌーズレンはいつも2階でやっているので、今日は楽しい日だということがわかるのです」。そう語るのは、重度の障害者を対象とした訪問ホームSoraの田島充さん。「次はいつやるの?」と聞かれたり、なかには夢中になって帰りたくないという子どもも。音楽と触れ合うことが、来訪者の楽しみになっています。
札幌市にある社会福祉法人HOPが運営するSoraは、重度心身障害児者の短期入所や生活介護、児童発達支援事業を手掛ける福祉事業所です。重度障害者に向けたサービスに力を入れており、感覚刺激とリラクゼーションの空間スヌーズレンを2018年2月に導入、音楽療法にも積極的に取り組んでいます。
スヌーズレンの音と映像にうっとり。
普段は表情の変化の少ない子も、ここでは笑顔をみせてくれます
音楽と触れ合う心がはずむ時間
音楽療法は月に1回8~10人が参加。楽器の生演奏を聴き、音にあわせて手を動かすなどの刺激のある活動をすると、子どもの表情が変わり、目線が奏者の方向を向くといった変化が見られました。
全員が楽器をもって、演奏に参加することもあります。カスタネット、タンバリンやトーンチャイムなど、手を動かすと音が鳴ることに驚いたり、笑顔になる子どもたち。演奏に参加し、音楽にあわせて歌うと、目を輝かせたり、手を叩いたり。身体一杯に喜びを表現するなど、さまざまな反応が返ってきます。
また、定期的にコンサートも開催。こちらも聴くだけではなく楽器をみんなで鳴らす楽しみも。職員向けの音楽療法の勉強会も行い、ピアノやギターを演奏する職員も現れ、日常的にも音楽が取り入れられるようになりました。「音楽があるから来る」という子どももいて、ここで先生とつながって、別のところで音楽療法に参加する広がりもあったとか。
音楽療法の先生と、リズムにあわせて太鼓をたたきます
感覚統合空間スヌーズレン
新たに設置した感覚統合空間のスヌーズレンも子どもたちに人気です。スヌーズレンは、光、音、香りの出る専用の装置で作り出された幻想的な空間で、感覚刺激とリラクゼーションを体感できます。
スヌーズレンは「匂いをくんくんかぐ」「居眠りをする」という2つのオランダ語からの造語です。1980年代にオランダにある重度障害者のための施設で、緊張と恐怖を和らげる取組みとして始まり、研究が重ねられてきました。閉鎖的な空間にいると緊張や不安を感じる自閉症や知的障害の人びとが、光や音、自分が好きな感触のものに囲まれて心を落ち着けることができます。
「重度の障害がある人たちは目でものを追うことが多いため、こうした感覚的なものがあると光のスイッチを自らさわるなど自主性の発揮や自己選択なども見られるのです」と田島さん。身体に緊張がはしる方が多いなか、映像やリラックスする音や映像によって、だんだん身体のちからが抜けてくるそうで、リピーターも多いといいます。
泡の流れる筒状のバブルチューブをずっと見て、そのブクブクという音を耳を付けてきいていたり、ディスクにあたって壁に投影される色とりどりの光を見ていたり。スヌーズレンでは、それぞれがリラックスして思い思いに過ごします。寝た状態にちかいバギーの利用者も多く、天井に宇宙や花火の映像を映すと喜ばれます。特に夏は、なかなか花火大会の会場に行けず本物が見られないため、花火の映像が好評でした。
スヌーズレンを導入した部屋。音や映像でリラックスできるといつも大人気です
利用者の世界や可能性を広げる一助に
また、感覚統合の機材として、室内ブランコがあります。ブランコの揺れを体感すると身体の緊張がとけてリラックスできるそう。腰をゆらす体操は日常的に行っていますが、身体全体を揺らせるものはなかなかありません。特に緊張の強い方に人気があり、スヌーズレンの中でブランコをやるとさらにリラックス。いろいろな場所で組み立てて利用できます。
「特別支援学級や保育園などが近くにありますし、これからは地域によびかけて、演奏会に参加したりスヌーズレンを体験してもらうなど、地域と利用者とのつながりを作る機会ができたらと考えています。また、家から出ることのほとんどない障害のある方にも、音楽やスヌーズレンなら行こうかと、出向く場所が1つでも増えたら」と田島さんは言います。
「これだけ大規模に導入ができた例はまだ少ないため、他の施設にも見学に来てほしいと思います。それぞれの利用者さんに応じた使い方があるため、それも参考にしてもらい、テストケースにしてほしい」
音や光、振動などの感覚刺激で、リラックスしたり、笑顔が生まれたり。それぞれが幸せな時間をすごし、新しい可能性を育む音楽療法とスヌーズレンに、今後も期待が寄せられます。
ブランコを揺らすことで、緊張がほぐれて身体のねじれがラクになります
・社会福祉法人HOP
団体情報はこちら(CANPAN 団体DBへ)
・2017年度 日本財団支援事業
医療的ケアに対応した感覚活動
○音楽療法:講師による音楽療法のレクチャー(2回)、楽器・音楽を利用した音楽療法士による感覚を刺激する参加型活動(16回)、計187名参加
○特殊備品を活用した感覚を刺激する活動:スヌーズレン・感覚刺激器具(ブランコ)を設置・活用し、重度心身障害者・難病患者向けに感覚を刺激する活動を行う