遊びで育む子どもたちの力
子どもの医療を遊びで支える
NPO法人ホスピタル・プレイ協会の会員の多くを占めるホスピタルプレイスペシャリスト(以下、HPS)は、難病や障害をもつ子どもの治療、それから心身の発達を、「遊び」を使ってサポートする専門職です。1960年代に創設されたイギリスの国家資格で、2009年より日本でも養成が始まりました。現在国内では、179名のHPSが小児病棟や障害児療育の現場などで活動しています。
「痛い治療や検査をなぜ我慢しなければならないのか分からないままだと、それは恐怖となり、医療に対するトラウマを残します。指しゃぶりが始まるなど精神的な負の側面が表に現れることも。このトラウマは将来に渡る医療への抵抗感となり、受診の拒否や遅れといった命に関わる問題も生みます。そこでHPSは遊びの力を使って子どもが理解できるように治療内容を伝え、医療との橋渡しとなって子どもが治療に主体的に関わるためのサポートをするのです」と、ホスピタル・プレイ協会理事長の松平千佳さんは語ります。
例えば採血の場面では、「彼の仕事は血を取ること。彼女の仕事はその血液を調べること。あなたの仕事はそのためにじっと動かないこと。トカゲがひなたぼっこしているみたいにね、練習してみよう!」といった具合。治療で期待されている自分の役割が明確になると、それまで痛い思いさせられてきた相手が同じチームの「仲間」に変わり、治療へ主体的に関わる姿勢が生まれるのです。
体を動かすことが難しい子どももおもちゃ作りに挑戦。
材料をつかもうとする意欲と集中力が内面の発達を促します
難病や障害を抱える子どもたちの遊び方
在宅医療の子どもたちが、家庭でできる遊びを提案、紹介することもHPSの大切な活動です。
2017年9月、鹿児島県で、難病の子どもとその家族に向けたHPSによる遊びのワークショップが開催されました。参加した子どもたちの多くは、脊髄性筋萎縮症(SMA)や筋萎縮症性硬化症(ALS)といった身体の機能が低下していく難病などで、常に医療的ケアを必要としています。
プログラムは、講演「病児・障がい児とホスピタル・プレイ」と、それに続く遊び体験の2部構成。講演では、子どもの生活の質を高め、命を輝かせるためには遊びが不可欠であることを強く語ったという松平さん。一般的に「遊び」は余暇活動ととらえられることが多く、発達に大切な役割を担っていることが忘れられがちです。特に病児がいる家庭では、子どもの命を守る日常のケアに精一杯で、子どもの遊ぶ力に気付けないことや、遊びにまで手が回らないことが多いといいます。
遊び体験では、手足が不自由だったり、寝たきりだったり、言葉を発せないといった障害をもつ子どもたちの遊びを幅広く紹介。会場に用意されたさまざまな遊びに初めて触れ、刺激に反応して瞳の輝きや表情を変える子どもたちの様子に多くの家族が喜び、親子の関係性がポジティブに、より温かく変化していきました。
ボールプールで見せた最高の笑顔。感じたことのないおもしろい感触!
子どもの様子を見る両親にも笑顔があふれます
自分を伝える力と可能性を引き出す
会場を見渡すと、滑り台の周りに呼吸器をつけた子どもたちが集まり、順番待ちの列ができています。
「滑り台は、呼吸器を付けていても、近所の公園でできると思うのですが、最初の一歩が難しいのです。このワークショップは、遊び体験の初めの一歩を提供して日常につなげる場でもあります」と松平さん。
会場でもっとも目を引いた遊びが「人形(ひとがた)アート」。子どもを模造紙の上にゴロンと寝かせ、HPSが体のアウトラインをかたどっていきます。体の形が描けたら起き上がり、自分の体の型に好きな色を塗っていきます。ストレッチャーやバギーで過ごすことが多い子どもたちは、自分の体を鏡などでじっと見る機会があまりありませんが、この時ばかりは紙に投影された自分の手の長さ、頭の大きさ、身長などを感じ、曖昧だったボディイメージをとらえていきます。それから、その目で見たいもの、手や足を使ってやりたいことを考え、紙の上に表します。世界を見たい、幸せをつかみたい、走り回りたい。長い闘病生活で受け身の姿勢が身に付いてしまった子どもが、心の奥にしまってある願いや夢を表出して、それを他者に伝える喜びを体感するのです。
足でスイッチを押すとシャボン玉が生まれるおもちゃで遊ぶ手の不自由な男の子。
自分の働きかけが何かを生む効力感が体感できます
子どもの中に主体性を取り戻す
治療の場面でも、生活の場面でも、HPSによる遊びを用いた支援によって、子どもたちは、自分の置かれた立ち位置を知り、能動性、主体性、自己表現力を身につけていきます。そこで得た感覚は子どもの心身の発達を促し、人生の質を高めるのです。
鹿児島でのワークショップ開催は初めてということもあり、予想の2.5倍、67家族130組が参加しました。この数字に驚くと同時に、まだまだ障害がある子どもの遊びが行き渡っていない場所があることを実感したという松平さん。遊びは子どもの権利。医療と子どもの橋渡し、それから病気と闘う子どもの遊ぶ権利や遊びの力への理解を深めるため、HPSの活動とワークショップはこれからも続いていきます。
ビニールの人形をリモコンで動かして遊ぶICT技術を使ったおもちゃ。
自分だけのお面と洋服を着せてカスタマイズすると、自分の分身が動き回っているみたい
・特定非営利活動法人ホスピタル・プレイ協会 すべての子どもの遊びと支援を考える会
団体情報はこちら(CANPAN団体DBへ)
・2017年度日本財団支援事業(Tooth Fairy)
ホスピタル・プレイ・スペシャリストによる遊びのワークショップ
ホスピタル・プレイ・スペシャリストが全国2カ所(鹿児島、名古屋)で50家族(目標値)に対して遊育支援ワークショップを提供する。